「うり」と「なむ」

国対国の対立であれば国全体がひとつの「うり」になって、これがいわゆる「うりなら」ですね。
逆に身内、親・兄弟であっても利害が対立すれば「うり」と「なむ」の

対立になるようで、この場合は個人という極限まで縮んだ「うり」になりますね。
この「うり」の大きくなったり、小さくなったりするその基準は、闇金相談これが要するに利害が一致する者同士かどうかで、極めて恣意的で困ったもんですな。
こんな国から仏教が伝わった、なんて信じられません。もしかして自分以外の「なむ」は「南無阿弥陀仏」に通じますか?李氏朝鮮の時代、李朝は国教を儒教に定め、仏教を弾圧しました。そのため当時の仏教寺院は人里離れた山奥に逃れたため、今残っている歴史ある仏教寺院は山奥にしかありません。
唯一の例外は「曹渓寺(ちょげさ)」で、これはソウル市街地の鍾路(ちょんの)にあるんですが、この曹渓寺(ちょげさ)、犯罪者を境内に匿うなどして政府と対立したこともあるらしいです。