文句も言わず

アメリカの場合は、即裁判である。 裁判と言わなくても学校や教育員会に相談をする。
村八分になろうと自分の主張を叫び、討論して勝敗を決める。

どちらが正しい・悪いと簡単には言えない。 日本式のはアメリカ人からすればまどろっこしいし、アメリカ式は日本人からすれば大変な労力がいる。
ただ、日本式の「問題は内々で解決。どんなことに耐え忍べば何時かは問題解決ができる」という発想や考え方は長年美徳とされていたが、逆に言えば、それだけ問題を後回しにしてきたともいえる。 対韓国・中国関係などは長い間、日本が文句も言わず言われるがままに謝罪し金を出してきた結果と言え、虐めも今に至るまで何人もの自殺者を出しているが決定打を出せないでいる。 確かに、恥である。 だが、それを抱えているだけでは何も解決できない。
自分や組織内だけでは解決できないことが、他人や他の組織から見るとあっさり解決できることもままあるのだ。 ただ、『問題があるから中止しろ、内容を変更しろ!!』ではなく、同時に『そうならないために世の中はどうするべきか?』という問題提起をしないと同じような問題は繰り返されると思う。